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拍手する 2009.11.05 Thursday * | - | - | -
* 空に落ちる。番外編その2。
空に落ちる。番外編その2です。

梅雨の頃。
学校帰りの、とある日。

まだ番外編その1をお読みでない方、番外編その1からお読みいただくことをオススメします。



空に落ちる。番外編その2。

 梅雨に入り、じとじとと湿った日々が続いていたが、その日は久々に晴れだった。
 肌にまとわりつく湿気は消え去り、乾いた空気と夏の到来を予感させる強い日差しが二人を包む。

 目が眩む陽光が二つの影を伸ばしていく。


 予備校が無い日の帰り道。何も用事が無いから、豊介も郁もゆっくりと歩く。
 途中、駄菓子屋に寄って、たこ焼きを買った。
 駄菓子屋なのに、ソフトクリームも売っているし、頼めばたこ焼きも作ってくれる。

 腰の曲がった老婆が一人で切り盛りしているその駄菓子屋に、二人はしょっちゅう立ち寄るため、すっかり顔なじみだ。

「おまけ」

 老婆が差し出したどんぐり飴をありがたくいただき、郁はたこ焼きの入った袋をぶら下げて、飴を口に入れる。
 もうひとつのどんぐり飴の袋を剥いて、豊介の口元に寄せた。

「食べる?」
「食べる」

 ぱくり、と飴を口にそのまま放り込んで、一度舌の上で転がした。コーラ味だ。

 学校から駅までは歩いて二十分ほどの距離がある。
 受験生のため、あまり遊び歩けない二人にとっては、二人でいられる貴重な時間でもあった。

「夏休み、どっか行く?」

 豊介の問いかけに、郁は視線を空に向けた。
 大きな入道雲が泳いでいる。透き通るくらいに真っ青な空はまぶしすぎるのか、郁はふと目を細めた。

「伯父さんところに行きたい」

 独り言のようなつぶやき。本音を言おうとする時の郁は、そんな小さな声しか出さないことが多い。
 それをわかっているから、豊介は郁のつぶやきが本心だとすぐに悟る。

「伯父さんも夏にまた来いって言ってたしな」
「今度はちゃんとお金払って、泊まる」
「え? たぶんタダで泊めてくれるぞ」
「悪いじゃん、そんなの」

 別にいいのに、と豊介はぼやいたが、一度も『お客様』としてはあのペンションに行ったことがないから、たまにはそれもいいかと思い直す。

「じゃ、行くか」
「うん」
「ていうか、泊まりなんだ」

 今頃その事実に気付いた。

「……お、」
「お?」
「おいしかったから! 夕飯が!」

 いきなり郁はそう叫んで、手に持っていたたこ焼きの袋を振り回した。
 顔が耳まで真っ赤だ。本人もあまり深くは考えずの発言だったようだ。

 豊介はぶっと噴き出しながらも、「たこ焼き振り回すな」と郁の手を取る。

「たこ焼き、どこで食べるか」
「いつもの場所でいいじゃん」


 駅を過ぎてしばらく歩くと、小さな公園がある。ブランコとベンチしかない猫の額のような小さな公園。
 二人は用事が無い日はそこに立ち寄って、買ってきた物を食べる。
 学校帰りの、定番の寄り道コースだ。

 二十分ほどかけてようやくたどり着いた駅。
 駅のコンコースを通り抜け、公園に向かおうとしている時だった。

 豊介は見たことのある人影を見つけて、凍りついた。

 ローズピンクのニット。白いプリーツスカート。風で揺れる傷みひとつないストレートヘア。
 ヒールの音が聞こえてきそうなくらい、颯爽と歩く女。

――脅威の姉、凛香が歩いてくる。

「ちょ、竹永。こっち!」
「え?」

 瞬時に郁の腕を取り、近くにあった駅の外に出る階段を降りる。
 あまり人通りがないこの階段は薄暗く、壁には落書きがいっぱいだった。

 踊り場に身を潜め、姉が通り過ぎるのを待つ。

 もし見つかったら大変なことになる。被害者になるのは、郁だ。

「どうしたの?」

 突然の豊介の行動に、郁は目を丸めていた。

「いや、あれだ。ええと」

 ごまかす言葉も浮かんでこない。見つかったら、という焦りで額に汗が吹き出る。

 壁際に郁を隠して、自分が壁になる。見つかったら、この行動もあまり意味は無いが、それがわかっていても、そうしてしまう。

 壁と豊介に挟まれた郁はきょとんとした顔のまま、近付いた豊介の体にそっと手を置いた。

「ねえ」
「ん?」

 振り返って、豊介はぎょっとした。見上げてくる郁の目が色っぽくて、心臓が跳ね上がる。
 そのつもりはなかったが、暗がりに連れ込んで襲おうとしている図になっていた。

 二重まぶたと大きくはないが形のいい目。その瞳の中に自分が映りこんでいる。
 こういうとき、女の子の瞳が潤んで見えるのは、何かのマジックとしか思えない。

「……そんなにたこ焼き、食べたいの?」
「え」
「さっき、お腹が鳴った」
「まじ?」
「まじ」

 かさこそと袋から出された箱。

「はい」

 たこ焼きに楊枝をさして、差し出される。
 おいしいシチュエーションが一瞬で崩壊した。

「……どうも」

 たこ焼きをいっぺんにまるごと頬張った時だった。
 ぽん、と肩を叩かれたのだ。

 驚きすぎて、食べたたこ焼きを吐き出しそうになる。
 目の前に郁がいるのに、そんなことは出来ず、無理やり喉にたこ焼きを押し込んで、振り返った。

「なにしてんの、ほー」

 姉がいた。



 ***

「はじめまして。豊介の姉の、凛香です」

 長い睫毛をしばたかせ、姉はにっこりと郁に笑いかけた。
 人見知りする郁は、びくびくしながら、ぺこりとお辞儀する。

「竹永郁です」
「かわいいー」

 桜色の唇から零れ落ちる優しそうな笑み。
 郁は安心したのか、ほっと小さな息を吐いて、笑顔を返した。

「ほー、彼女?」
「え、あ、まあ、そう」

 一瞬、凛香の目がへの字になった。

「この前、話した子?」
「この前って……あ」

 ゴールデンウィーク中、酔っ払った勢いで、姉と恋愛話をしてしまったことを思い出す。

「へえ、ふうん。へええ」

 満足げににたつく姉。含んだ笑いが、豊介をぞっとさせる。

「今度、うちに遊びに来て? 郁ちゃん」
「は、はい」
「い、いや! それはちょっと」
「お姉ちゃん、郁ちゃんとゆっくり話してみたいだもーん。いいじゃん、別に。取って食ったりしないわよ」

 あんたなら煮て焼いてちょっと焦げ目を入れて食いそうだ! と叫びそうになったが、そんなこと言ったらとんでもないことが起こる気がして、豊介はぐっと唇をかんで我慢した。

「じゃ、行くね。郁ちゃん、またね」

 姉の優しそうな微笑を前に、郁は頬をピンク色に染めながらうなずいた。

 去り際、姉は豊介の耳元でぼそりとつぶやいた。

「ぜってえ、連れて来いよ」
「怖えんだけど!」
「やだ、ほーちゃん、どうしたの? 大声出して」

 凛香は天使の笑顔のままだ。
 郁はわけがわからないといった顔で小首をかしげている。

「楽しみだな〜。じゃあね!」

 手をひらひらさせて、姉は階段を上がっていった。
 単純に、郁と話がしたいだけなんだろう。それはわかるのに、姉の笑みはいつだって怖い。

「どうしたの?」

 がっくりとうなだれる豊介を、郁が心配そうに見上げる。

「なんでもない……」
「たこ焼き、食べる?」
「食べる」

 差し出されたたこ焼きを頬張って、郁の肩に額を落とす。

「うちは小姑が恐ろしいんだよ。竹永は、うちに嫁に来れないかもな……」
「嫁って。気が早すぎだし」

 郁の手が背中をぽんぽんと叩いてきた。
 何があったのかわかってないが、一応なぐさめようとしてくれているようだ。

「姉貴、怖いけど、平気?」
「優しそうだったけど、怖いの?」
「怖いっつーか……いろんな意味で怖いな、うん」

 きっと郁が家に来ても、普通に迎え入れて、普通に優しく接するだろう。
 だが、きっと郁が帰った後に、怒涛のからかい攻撃をしてくるだろう。

「大丈夫だよ」

 何が大丈夫なのか、さっぱりわからないが、郁の気遣いは嬉しかった。
 顔をあげて、口の端に触れるか触れないかのキスをする。

「たこ焼きくさい」
「しょうがねえだろ」

 盛大なため息をつきながら、階段の上に目をやる。
 こんなところでいちゃつくのは、少し恥ずかしかった。

「行くか」

 階段を上がって、人通りの激しいコンコースへと戻っていく。

 暗がりから急に明るいところに出てきたから、網膜がきゅっと痛んだ。

 姉の後姿を見つける。

 見送りながら、隣にいる郁の手をそっと握った。

 いずれは恋人を家に連れて行くときが来る。
 姉は恐ろしいが、どうなるかはわからない。
 はじめての、連れ込み。

 それもいいか、と少しだけワクワクした。




 ☆☆☆

3話がありそうな終わり方(笑)

一人称の物語を、三人称で書くと、妙に照れますね(^^;
郁ちゃん視点の物語は終わったので、あえて三人称にしました。
少し離れた目線で二人の姿を書けて、これまた楽しかったです。

これで「空に落ちる。」は完全に終わりとなります。
2ヶ月間、郁ちゃんに同化するようにして書いてきたので、この物語と離れるのは、やはりものすごく寂しいですが、終わりは付き物です。

番外編にまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!

次の物語に気持ちを傾けていこうと思います。
読んでくださった方々と、またどこかでお会いできることを願って。

 2008/5/7


拍手する 2008.05.07 Wednesday * 02:26 | 御礼小説(企画作品番外編) | comments(4) | trackbacks(0)
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拍手する 2009.11.05 Thursday * 02:26 | - | - | -
Comment
きゃぁ〜〜☆
また佐村君に会えた。("▽")
ステキなお姉さんにも。(笑)
カップルっぽくなってる二人にキュンもできたw
きよこさんありがとぉ〜〜〜!!
「佐村家の人々」っぽい楽しい番外編でした♪
なにげなく、いくちゃんを嫁に考えてる豊介くんがラブ☆
| 卯月 | 2008/05/07 6:57 PM |
>卯月さん
お読みいただき、ありがとうございます!
「佐村家の人々」!!
これでコメディが書けそうな気がしてきました(笑)

当初は郁ちゃんを餌付けする佐村を書こうと思ってたのですが、逆になっちゃいました(^^;

卯月さんに佐村を気に入っていただけたことがめちゃくちゃ嬉しかったです。

番外編まで読みに来てくださり、ほんとにありがとうございました!
| きよこ | 2008/05/08 2:34 AM |
一気に一度に読みました。
良かったです。
いや、本当に良かったです。
空に落ちたい感覚・・・わかります。
郁と豊介の関係がこれからも続く。
なのに、終わりなんて・・・。
番外編3へと続く終わり方ですが、
番外編といわずに、
「続空に落ちる」として書いてください。
竹永・佐村と呼び名がどのように変わっていくのか、
郁の触れられたくない感覚が、
豊介に触れられることによって溶かされる
お話とかが読みたいです。
迷路を彷徨った郁に灯火をつけたのが豊介なら、
心を開く郁が豊介を溶かしていく様子も
あってこそ、この「空へ落ちる」が
できている木がするのです。
生意気でごめんなさい。
ただ、単に続きが読みたいだけなんですけれど・・・ネ。
ぜひともお願いいたします。
ご都合、想いもあるかと思いますが
ぜひともお願いいたします。
ほか作品もぜひこれから楽しみにしています。
ありがとうございました!!!
| な | 2008/09/23 8:55 PM |
>な様
コメントありがとうございます。
少し古い記事なので、お返事は別の記事にしました。
そちらをお読みいただけると幸いです。
| きよこ | 2008/09/26 2:08 AM |









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