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* 空に落ちる。番外編その1。
空に落ちる。番外編その1です。

旅行から帰ってきた後から、4月30日までの物語。
佐村が学校をサボっていた期間です。
何をしていたのかというと……




空に落ちる。番外編その1。

「ふられた」

 女はよれよれのジャージ姿で、そうぼやいた。

「あ、そ」

 肩まで伸びたストレートヘアも寝癖なのかぼさぼさを極め、あっちこっちに毛先が踊っている。
 豊介はそんな姉のだらしない姿にあきれながら、靴を脱いだ。

 旅行から帰ってきた豊介が玄関でため息をついて腰を下ろした時、幽霊のように現れたのは、普段はきっちりOLファッションを決めている七才上の姉・凛香だった。

 七つも離れているせいか、喧嘩もあまりしたことがない姉。弟を猫かわいがりする姉とは、それなりに仲の良い姉弟としてうまくやっている。


 俺もふられてきたんだけどね、とは言えず、豊介はそっけない返事だけをしてさっさと部屋に戻ろうとした。
 さすがにこんな気分の時に姉の話には付き合えない。

「ほー、姉を見捨ててどこに行く」

 腕をつかまれ、引き止められる。
 がくりと肩を落としかけて、姉を睨んだ。

「……ゴールデンウィークは彼氏と旅行に行くってはりきってたじゃねえかよ」
「だから、ふられたんだっつー切ない話」

 化粧もしていない姉からはいつもの華々しいオーラは欠如し、生活に疲れたおばさんのような廃れたオーラさえ放っているように見える。
 失恋とはここまで女を変えるのかと思うと、どうにもぞっとする。

「なにも手につかない。ほー、何か作れ」
「は?」
「武士は腹が減っては戦は出来ぬのじゃ」
「いつ武士になったんだよ」
「女は恋するサムライなのよ」

 身なりはふられた女そのものだが、言動はそうとは思えなかった。
 こんなに元気なら大丈夫だろう、と安心しながらも姉の図太さに呆れる。

 豊介と凛香の両親はゴールデンウィークを利用して旅行に行ってしまった。
 残された二人は、一応家事を分担することにはなっていたのだが、働く姉よりも豊介のほうに家事をする比重は増す。
 それは仕方ないことだとわかってはいたが、自分がいない時さえ姉が何もしないとは思ってもいなかった。

「昼は食ったの?」
「ううん」
「……朝は?」
「ぽてとちっぷす」
「昨日の夜は?」
「ぽてこ」
「昼は?」
「かっぷめん」
「朝は?」
「びすこ」

 自堕落、その言葉がどかんと落ちてきて、豊介はがくっと頭垂れた。
 二十五にもなって、姉は何も出来ない。いや、何もする気が無いのだ。

「わかった。メシ作るよ」


 ***

 二人分の焼きそばを作り、豊介はテレビを見ながら食事を始めた。
 まともなものをまともに食べていない凛香は相当腹をすかせていたらしく、あっという間にやきそばをたいらげ、フライパンに残っていた分もがつがつ食べている。

「あー食った食った」

 やっと満足いったのか、ソファーののけぞり、でっぱった腹を叩いている。オヤジのようだ。
 凛香は身長一六五センチでスタイルもいい。モデルと言われても違和感が無いだろう。
 だが、胃下垂だ。下腹部は妊婦並みにふくらんでいる。

「あ、ねえ。台所にさあ、天誅あるから、持ってきて」
「は?」

 恐ろしげな名前が出てきた。

「あと、百年の孤独」
「はあ?」

 切ない名前が出てきた。

「はあ? じゃねえよ。焼酎だっつーの。なんかてきとーに酒の肴もよろしく」
「自分でやれよ」
「あら、豊介君。三歳の時のおねしょの写真、明日学校の門の前に貼っといてあげまちょうか? 見事な日本地図でちたもんね〜」

 コロス。心の中で誓いながらも、歴然とした力関係の前ではなす術がない。
 姉には、何があっても勝てそうに無い。
 苦虫をかみ殺したような顔をしながらも、豊介は台所に向かった。

 台所の隅に置いてあった『天誅』と達筆な字で書かれた一升瓶と、円柱型のボトルに品名がコルクに描かれた『百年の孤独』を手に取る。

 コップをひとつ持って、姉の前に置くが、姉は不満そうに口を尖らせた。

「ほーの分のコップは?」
「……俺、未成年だし」
「独りで飲めっつーの? 男にふられて意気消沈してるかわいそうな姉をさらに孤独に追いやる気? この百年の孤独のように!」

 ずい、と鼻先に『百年の孤独』のボトルを押し付けられる。

「……ご相伴にあずかります」

 やはり、姉には逆らえない。


 ***

「ていうかさ、結婚してるんならそう言えばいいじゃないね? 結婚してるって最初から知ってたら絶対付き合わないし」

 ぐす、と鼻を鳴らし、凛香は一升瓶を抱きしめて語る。

 どうやら姉の元彼は既婚者だったらしい。その事実を隠され付き合いをはじめ、不審な点の多さから問い詰めた結果、元彼は結婚しているということを白状した。
 ゴールデンウィークを利用しての旅行もキャンセル。
 旅行のために取っておいたお金で、焼酎を購入したのだ。

「あたしだってもう結婚考える歳だし。この人とならって思ってたのに。ただの浮気相手だったんだよ? あたしってなんなのさ。ちくしょう。天誅! 天誅!」

 いつの間にかあけてしまった『天誅』の一升瓶を振り回す。
 焼酎の匂いとまだ瓶の中に少しだけ残っていた液体が部屋中に飛ぶ。

 姉にしこたま酒を飲まされた豊介も軽く酔いが回ってきている。
 姉の素行に注意する気が全く起きず、ぐらぐらと揺れる視界を頭を振って正常に戻そうとするが、無駄なことのようだった。

「ぶっちゃけさー俺も振られたんだよ」
「え! まじ? ちょータイムリーじゃん。なに? あたしら、ふられ三姉弟?」
「三姉弟って、もう一人誰だよ」
「あーあんた知らないんだよねー。隠し子がいるんだよ。あたしとあんたの間に」
「まじ!?」
「嘘に決まってんじゃん」

 姉はさらりと嘘をつく。わかっているのに豊介はいつもうっかり騙される。

「あんた、あたしが紹介した願いが叶う美容室行って来たじゃん。だめだったの?」

 豊介の片思いも知らないくせに、凛香は勝手に美容室に予約を入れていたのだ。
 雑誌に載っていた『願いを叶えてくれる美容室』に、実験台として。本当に願いが叶うかどうか試したかったらしい。

「俺、あせりすぎたのかもなあ……」

 普段は姉と恋愛話は一切しない。からかってくるに決まっているし、デートしようものなら確実にストーカーされるだろう。
 姉は弟をからかうことに命を賭けている。

 だが、酒に酔った勢いとふられたショックと姉の失恋話につい口からこぼれた。

「なあに? 伯父さんとこ、もしかして女の子と行ったのお? しかも泊まりだし! やっちゃった?」
「ふられたっつってんだろうが」
「そんなん関係ないしー」

 一升瓶を口にあて、ボオオーと不気味な音を立てさせる凛香。完全に酔いが回っているらしい。

「美容師の人にさあ、相手の呼吸に合わせて、ゆっくりとって、アドバイス受けたんだよ。だけど、なんつーか、我慢できず……」
「押し倒した?」

 姉をジト目で睨む。
 ごまかすように、姉はまた一升瓶を吹き始めた。尺八のような音が部屋中を木霊し、異様な空間が出来上がっていく。

「まじでへこんでんだよ、俺は」
「押し倒しちゃえばよかったじゃん。男なら手篭めにせい。手篭めに」

 話す相手を間違った。悔やんだが、すでに遅い。

「どういう子なの?」
「え? なんつーか、固いっつーかきついっつーか。でも、たまに寂しそうな顔するから、気になるっつーか」
「でえ? 告ったあとは? どういう反応だったわけ?」

 急に姉はまじめな顔をしてきた。豊介との血のつながりを感じるよく似た瞳。
 くっきりとした二重と黒目がちの目。化粧をしなくてもわかる長い睫毛をしばたかせ、豊介をじっと見据える。

「泣きじゃくってたよ。次の日は普通だったけど」
「やっぱり一晩を共にしたのねえ」

 もう一度姉を思いっきり睨んでやると、また一升瓶を吹き出した。

「でも、よくわかんねえ。捨てられた子犬みたいな目で俺のこと見るし。意味わかんねえよ、あいつ」
「ふうん」

 凛香はにんまりと笑うと、ストレートヘアを耳にかけ、ふっくらとした唇を豊介の耳のそばに寄せた。

「勝負は終わっちゃいないんじゃなあい?」

 酒臭い吐息がくすぐったくて、豊介はパタパタと手を仰ぎながら、姉から身を離した。
 姉に吐息を吹きかけられるなんて、正直少し気持ち悪い。

「いい? 恋ってのはね、告った後が勝負なのよ。向こうはあんたを意識してるのは絶対なんだから。お姉ちゃんは、あんたの告白のタイミングは間違ってなかったと思うよ」

 珍しくまともな意見を口にして、凛香は朗らかに笑った。

「固い子なんでしょ? 恋愛に臆病な子なら、最初は断っちゃうもんなんじゃない? 大丈夫よ。あんたはいい男だから。絶対上手くいく」

 一升瓶で背中を叩かれた。まさに天誅をくらったかんじだ。

「姉貴も、次は全うな男と付き合えよ。男を見る目は確かみたいだから」
「うっさい。肴持って来い」

 

 ***

 目が覚めると、もう朝日は照っていて、学校は思いっきり遅刻の時間だった。
 がんがん痛む頭と、酒の匂いでむっとした室内を嫌悪しながら、豊介は窓を開けた。
 朝日がまぶしい。
 姉はソファーの上で片足を背もたれにひっかけて寝入っている。
『百年の孤独』のボトルを抱いて。

 早く姉に幸福が訪れるように、ひっそり願いながら、大きなあくびをひとつ。

 今日はもう学校はさぼろう。そう決意して、台所へ朝ごはんを作りに向かった。




 ***


「よう、ほー。ウィイ〜買ってきたから、遊ぼうぜ」

 四月三十日。旅行に行くためと有休をとったのに、旅行がキャンセルになって暇になってしまった凛香は、毎日飲んだくれている。

 弟を巻き添いにして。

「ほれ、ハンドル」

 コンビニに行くと言っていた姉は、なぜか大人気のゲーム機を抱えて帰ってきた。
 人気キャラクターがカートでレースするゲームまで買ってきたらしい。

「あのさ……俺、学校なんだけど」

 爽やかな朝。
 牛乳を一気飲みした豊介は、姉の意気揚々のテンションにひきつり笑いを浮かべた。

「お前、学校と姉ちゃん、どっちが大事なんだよ?」
「……学校」
「うん、そうだよね。お姉ちゃんだよね。ほら、ハンドル持って」

 両手にきっちりハンドルを持たされて、テレビの前に無理やり座らせられる。

「ええっとお、セッティングして」

 語尾にハートをつけてせがんでくる姉。

「俺、学校なんだけど」
「お前、産まれたばっかの時のきゃんたま丸出し写真、ばらまいてもいいんだぞ」

 姉との間には歴然とした力関係がある。
 絶対に逆らえない。

 気付くと姉と一緒にハンドルを右に回しながら、体も右に動かしていた。



 ☆☆☆
姉の名前、なろうの作者、葵凛香さんからお借りしました。
ありがとうございました(^^)

5月1日に登校して来た佐村がめちゃくちゃ眠そうだったのは、姉にゲームを一日中つき合わされたからです(笑)

2話目は明日更新します。
次は郁ちゃん、ちゃんと登場します。


拍手する 2008.05.06 Tuesday * 00:39 | 御礼小説(企画作品番外編) | comments(2) | trackbacks(0)
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拍手する 2009.11.05 Thursday * 00:39 | - | - | -
Comment
やたっ。
読みに来たよ。
凛香姉さん!
的確なアドバイスですねぇ。
ほーちゃんの私生活が覗き見できたようで良かった。
『百年の孤独』のボトルがいい味を出しています。
2話目が楽しみだー。
| 藤村香織 | 2008/05/06 1:40 AM |
>香織さん
わー香織さん、どうもですー(^^)
凛香姉さん、凛香さんに失礼なくらい傍若無人で。
でも、あえて書き直しはしませんでした(笑)

焼酎は最初、「鬼ころし」と「天誅」で決めてたんですけど、「鬼ころし」有名だし、もう少しマイナーどころを責めてみました。
『百年の孤独』、これを選んで買ってきた凛香姉の気持ちを察してください笑

読んで下さり、ありがとうございました(^^)
| きよこ | 2008/05/07 12:44 AM |









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